活版印刷とは、ハンコのように文字が盛り上がった凸版にインキを付け、紙に押し付ける印刷方法です。そのため少し凹凸が出て、ときにインキの滲みや掠れが生じ味のある刷り上がりになります。現在ではデジタル製版による印刷が一般的ですが、活版印刷特有の風合いには根強い人気があります。今回は、発売前からSNSで話題沸騰した注目のアイテムで、自分で活版印刷ができるキットが付いた「大人の科学マガジン BESTSELECTION07 小さな活版印刷機」をご紹介します。
その1. 小さな活版印刷機を組み立てる
「大人の科学マガジン」は、Gakkenが発行する大人向けの化学系雑誌と組み立てキットがセットになったムックのシリーズです。これまでにプラネタリウムや二眼レフカメラ、テルミンなどさまざまなテーマで展開してきました。「大人の科学マガジン BESTSELECTION」は、その中でも根強い人気のものを復刻したシリーズです。2017年に販売された活版印刷機が、このたび「大人の科学マガジン BESTSELECTION07 小さな活版印刷機」として発売されました。
開封すると、全32ページ(表紙込み)のガイドブックと小さな活版印刷機のキットが入っています。
小さな活版印刷機の組み立てキットには本体パーツのほか、ひらがな、カタカナ、英数字、飾り罫・記号と4枚の「活字」が入っています。活字とは、印刷で使う1つ1つの文字などのことです。他に組み立て時に使用するドライバー、印刷時に使用するスポイトや黒インキ、活字外し器、名刺サイズの印刷用紙20枚が含まれています。自分で用意する必要があるのは、組み立てパーツが入った袋を開封したり活字を切り離したりするハサミと、スポイトに吸わせる水を入れる容器くらいです。
では、さっそく小さな活版印刷機を組み立てていきます。まずは土台のパーツをネジでとめ、活字台を固定するための版盤などを取り付けます。次に、左右の側面にアームユニットを取り付けます。
続いてハンドルを取り付け、インキを伸ばすインキ台とインキローラーも取り付けます。そして用紙と活字を押し付ける圧盤、活字を並べる活字台を版盤にセットすれば完成です。
ガイドブックの解説図版をしっかり見て、上下や表裏などを間違いなく取り付けていけば難しくありません。筆者は1時間もかからずに完成しました。小さな活版印刷機のつくり方は、動画でも公開されています。
その2. 小さな活版印刷機で印刷する
小さな活版印刷機を使う準備として、ハサミなどで活字を切り離します。ペンチがあると、より切りやすいです。活字台には、付属の両面テープを貼ります。それが完了したら、いよいよ印刷開始です。
印刷する文字を決めたら、必要な活字を集める「採字(または文選)」をし、活字台の穴に活字の裏にある突起を刺して文字を並べる「植字(または組版)」を行います。ここでは、飾り罫の中にMdNの文字とWebサイトのURLを入れた名刺カードをつくることにしました。活字が多い場合は均等に圧をかけるのが難しくなるので、何回かに分けるとキレイに刷りやすいです。
インキ台を外して同梱されている吸取紙を挟み、再度取り付け。吸取紙をハンドル側に折り、付属のスポイトで全体がうっすら湿る程度に水をたらします。
湿った吸取紙に付属のインキをのせ、ハンドルを前後に動かしてインキローラーを転がし、吸取紙全体にインキを広げます。
版盤に活字台をセットし、先ほどと同様にハンドルでインキローラーを動かすと活字にインキがのります。次に名刺用紙を圧盤にセットし、今度はハンドルを手前に倒すと用紙が活字に押し付けられ、印刷完了です。
活字を外すときは、活字台の裏側から活字外し器の突起を刺して活字を押し出します。使用する活字数が多く印刷回数をわける場合や、同じ活字を複数使うため手持ちの活字の数が足りないときは、次の活字をセットし再度印刷を行います。ここでは、URLで使う「.(ドット)」が1つしかなく「mdn.co.jp」の文字列を一度でつくれないので、1つのドットだけ印刷を分けています。吸取紙のインキが乾いてしまった場合は、スポイトで少し水をたらすとまたインキがのるようになります。
名刺カードが完成。活字を押し付けたことで少し凹凸がついたり、インキののりにより印刷された活字の太さがところどころ違うのが、デジタル製版とは違った味になります。
活字台は、一般的な名刺サイズ(91mm×55mm)にちょうどよい大きさです。活字台と用紙のどの部分が当たるのかよく考える必要はありますが、他のサイズの用紙に印刷することもできます。ここでは、コースター(90mm×90mm)に緑で印刷し、スタンプと組み合わせてみました。付属のインキは黒のみですが、市販の水性絵の具でも印刷できます。文字の並びに動きをつけるなど、配置を工夫しても楽しいです。
縦書きの印刷もできます。ここでは、2色の絵の具を交互にのせて印刷しました。アナログなツールだからこそ、こうした工夫も楽しめます。こちらは印刷したものをシールと組み合わせました。
小さな活版印刷機の使い方も、動画で公開されています。
その3. 組版・印刷のコツとメンテナンス
キレイに印刷するためには、活字の側面にあるツメをきちんと取り除くことが大切です。出っ張りがあると、活字台にセットした際に隣の活字に当たって斜めになります。しっかりと活字台に押し込み、活字がみな同じ高さに揃うようにしましょう。活字をくっつけてぎゅうぎゅうに組むと高さが揃いにくくなる場合があり、少し文字間を空けると揃いやすくなります。
用紙を活字に押し付ける際にしっかり圧がかかっていないと掠れる場合があります。セットした用紙の後ろに紙などを挟むことでも圧を強くできます。インキやスポイトの水をつけすぎると文字が滲むので注意しましょう。
インキローラーに巻きつけてあるフェルトや吸取紙、活字台の両面テープは1回分しかついていません。インキローラーは手芸店や100円ショップなどで売られているシールフェルトで、吸取紙は不織布やキッチンペーパーで代用できます。通常のキッチンペーパーでも問題ありませんが、リードだとより水に強く使いやすかったです。
また、両面テープは市販のもので問題ありません。先述したように水性絵の具をインキとして使えるので、好みの色で印刷することができます。
使用後は、インキ台、インキローラー、活字台、活字をぬるま湯で洗いインキなどの汚れを落とします。活字は歯ブラシなどで擦ると細かい凹凸に詰まったインキが落としやすいです。
小さな活版印刷器はプラスチック製で軽いので、印刷時には本体が動かないよう手で抑える必要があります。土台の足元にネジ穴があるので、木材などに固定するとさらに使いやすくなります。
活字は飾り罫や記号も含めると309個あります。紛失しないためにも、きちんと種類ごとにわけてケースにしまっておくとよいでしょう。また、今回活版印刷をやってみて、必要な文字を集めて並べる作業がけっこう大変で時間がかかりました。ピルケースなど細かく仕切りがついたものだと、「あ行」「か行」など細かく分類してしまえるので、活字を探しやすくなりそうです。
活字は鏡文字になるため、カタカナの「ヨ」とアルファベットの「E」のような混同しやすいものや、文字の向きがわかりづらいもの、「や・ゆ・よ」など縦組用と横組用で活字が異なるものもあります。例えば上側にペンで目印をつけておくと、活字選びや並べる際の向きの間違えが起こりにくくなるでしょう。
このキットの活字は、「i」や「o」など複数あるものも一部ありますが、ほとんどの文字が1文字だけになります。同じ活字を一度に複数使いたい場合は、Gakkenの公式通販サイト「ショップ学研+」でキットに付いているのと同じ活字を2枚700円で購入できます。たくさん刷りたい人はこれらを追加購入するとより効率的な印刷が可能になります。活字台やインキローラーも販売されています。
また、ガイドブックには、小さな活版印刷機の組み立て方や使い方はもちろん、活版印刷の基礎知識や活字を製造する会社の取材記事、活版印刷によるアートコレクションなどが掲載されています。
さらに、キットに付属の活字だけではなくオリジナルの図案を印刷したい人向けに、樹脂版のオーダー方法も誌面で紹介されています。
こうした記事で活版印刷の知識が深まると、より印刷が興味深くなるのではないでしょうか。
まとめ
「大人の科学マガジン BESTSELECTION07 小さな活版印刷機」のキットでは、自宅で手軽に活版印刷ができます。活版印刷特有の凹みや掠れなどの風合いはとても魅力的です。友人へのバースデーカードなど、予算的に活版印刷に対応した印刷会社にオーダーするのは難しかった小ロットの印刷にも最適です。
注意点としては、必要な活字を集める採字作業や、活字台に文字を並べる植字作業は、想像以上に時間がかかり大変でした。たくさんの活字を使用する場合は、根気強く取り組む必要があります。また、活字台が名刺サイズなので、印刷できる紙のサイズには制限があります。
Amazonでは活字増量版が限定販売されましたが、そちらは予約完売しました。今回紹介した通常盤も発売前にSNSで大きな話題を集め予約が殺到したため、増刷されています。しかし、すぐに入手困難になってしまうかもしれません。欲しい方は早めの購入をオススメします。ぜひデジタル組版にはない活版印刷の味を楽しんでください。
- DATA
書名:大人の科学マガジン BESTSELECTION07 小さな活版印刷機
定価:5,280円(税込)
発売元:Gakken
商品情報サイト:https://hon.gakken.jp/book/1575095000
公式ECサイト:https://gakken-mall.jp/ec/plus/
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/405750950X/
- 平田順子
- ライター・編集者
- 大学生時代より雑誌連載をスタートし、音楽誌やカルチャー誌などで執筆。2000年に書籍『ナゴムの話』(太田出版刊)を上梓。音楽誌『FLOOR net』編集部勤務ののちWeb制作を学び、2005年よりWebデザイン・マーケティング誌『Web Designing』の編集を手がける。近年はデジタルマーケテイング媒体での執筆が増え、クリエイターをはじめマーケターや経営者の方々の取材を手がけている。https://junkohirata.work/
2025.07.24 Thu