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物語のある、ニューフェイスな文房具

2021.12.07 Tue

感性を豊かにし、日々の生活をアップデートしてくれる文房具「リングリンクファクトリー」

取材・文:沼田佳乃 撮影:YUKO CHIBA

プリンティングディレクションを行う「リングリンクファクトリー」が多様化するこの時代を見つめ直し、新しい感性で生み出した文房具。「いま、どういうものがあればいいのか?」という命題に向き合ったブランドは、プロダクトに精神の豊かさを生み出す力があることを気づかせてくれます。

プリンティングディレクション会社が手がけ、好循環を生む文具

「印刷をデザインする」をテーマに掲げる「リングリンクファクトリー」。こちらのプリンティングディレクション会社が2020年から文房具ブランドをスタート。「感性の循環を生み出し日常を豊かに。」をブランドコンセプトに、日常を彩り、アップデートできるアイテムを展開している。コロナ禍、SDGs、デジタル……、目まぐるしく変化する時代に、「どんなものがあればいい?」「本当にいいものとは?」という問いへの答えとして導き出されたプロダクトは、手に取る人々の感性を刺激。自由な表現を誘う色鉛筆、大切な人へ想いを届ける文香など、それを使うことで揺らぎが生まれ、それが周りにも伝わっていく。そんな好循環を生むきっかけとなるツールで、ちょっとした余裕を楽しみたい。

モノづくりの旅のような気持ちで、オリジナルの文具を

「リングリンクファクトリー」の代表・大野倫道さんと、色鉛筆の「クレマチス」などをデザインした「Alien Design and Photography」デザイナー・井田明子さんに話しを伺いました。


──まず初めに「リングリンクファクトリー」という会社、業態について教えてください。「印刷をデザインする」とありますが、具体的にどのようなことでしょうか?

大野 リングリンクファクトリーのメインの業務は印刷物や紙製品の仕様提案や進行管理等のディレクション業務です。もともと僕は印刷会社で生産管理や営業をしていたことがあり、デザイナーさんやアパレル関係の人と触れあうことも多く、企画側の要望もわかるし、印刷現場の言い分もわかる。「間を取りまとめる人間がいればもっとよいものが出来るのに」と思っていました。なので、リングリンクファクトリーでは、アイテムの最終形を見据えた上で、進行管理、仕様提案、用紙の選定、印刷、加工まで、すべて僕の方で管理させてもらっています。いつもご協力いただいている協力会社の皆さんには非常に感謝しております。

「印刷をデザインする」という言葉の意味ですが、有形物を作るのに想いを具現化するため、製造過程でもっとニュアンスを組み込んでいく。ものに断面をつけるというか、奥行き、温度を与えていくような……。素材選びだったり、印刷技術だったり、加工だったり。トータルで伝わる形にしていく意識です。

──オリジナルの文房具を作り始めたきっかけを教えてください。

大野 最初に作ったのはカレンダーでした。今はECショップで販売していますが、当時は年末年始に関係者へ配るギフトとして作りました。普段は受注でのお仕事がメイン。加工や印刷でやってみたい試みがなかなかできなかったので、1年に1回、自社発信でできる実験的な場として、なにかに挑戦する意味合いで始めたんです。

文房具のショップにしたのも理由があって、コロナ禍とか、SDGsとか、時代による多様化みたいな部分も重なって、モノの表現が印刷物からデジタルへ急激に移行した。当然、表現の仕方も今までと同じじゃ伝わらない。そんな時代に、「じゃあ、どういうものがあればいいんだろう」と自問自答しました。「モノづくりの旅」じゃないですけど、新しい商品を作ることで、ひとつの結論を出してみたくなったんです。

ライフスタイルを磨く。花を思わせる柔和な色鉛筆

Clematis

──それでは、コンセプトを教えてください。ネーミングを会社名と同様、「リングリンクファクトリー」の名で制作・販売されていますが、その意図は?

大野 ネーミングは、とくに分ける必要性を感じなかったから。リングリンクファクトリーとしてのモノづくりの考えは変わらないので。売りものがプロダクトというだけです。

コンセプトについては「感性の循環を生み出し日常を豊かに。」です。スマホやSNSなどの影響で、情報や便利な機能がオンタイムで得られる現代において、「有形」として存在するものは限られている。それらが物体で存在する本質的な意味を考え、洗練された形で表現することで、モノを手にした人に何かを感じ取ってもらい、そこから新しい表現や考えが生まれ、ほかの人に伝播していく。その循環が人々の日常をより感情深く豊かにしてくれる。大したことじゃなく、「ありがとう、助かったよ」と。それだけでも、ちょっとした余裕につながるはず。秘められた感性を引き出す、そのきっかけになるもの。それが今の時代の「いいもの」じゃないかなと思うんです。


──とても観念的なので、それをプロダクトに落とし込むのは難しかったのでは?

井田 私は、しっかり受け取りました。大野さんの考えていること、好きな世界観を共有しやすかった。もちろんなにもかも一緒ではないので頑張りましたが……。

大野 まさに、井田さんの理解力によって完成したプロダクトです。6月のショップリニューアルにともない、僕の中で最初にあったのが「色鉛筆」でした。幼少期に誰もが手にし、無邪気に表現を楽しんだ。そんな古い道具は、自ずとクリエイティブ能力が湧き出てくる。持った色によって描かされる絵があったり、何を描こうと思ってなかったのに手に持った瞬間にペンが走り出したり。自分でも予想できない想像力が生まれてくるのが、こういうツールの素晴らしさだと思う。没頭し、気づいたら時間が経っている。今だからこそ“無になれるようなモノ”を作りたいと考えました。

色鉛筆というプロダクトと、筒に入れたビジュアルは頭の中にあったのですが、僕が考えると男性っぽいというか少し無骨な表現になってしまう。今回やらんとすることを考えたときに、柔らかい表現が合うと思って。色鉛筆のポップな感じもうまく表現できる方ということで、井田さんが浮かび声をかけさせてもらいました。

井田 ピンポイントの世界観を表現しなくてはいけないなど、難しそうだなと思いましたが、“わかる”という部分が多かったですね。

「Clematis(クレマチス)」については、どうしても文房具の渋い感じにいってしまいそうだけれど、みずみずしさを忘れないように。クレマチスは花の種類ですが、水が大好きなんです。水を吸って上に伸びゆくような、そういう気持ち。ライフスタイルをアップグレードしてあげるような意識でデザインしました。

──ネーミングはどのように決めたのでしょうか?

大野 筒に入れて、色が出るビジュアルが花のイメージでした。また、クレマチスの花言葉に「精神の美」や「創意工夫」があったり、バラの脇役的に扱われることが多いですが、実は、蔓性植物の女王と言われるような華やかさも。細い蔓から大きな花が咲く、みたいな部分がこのツールにあっているなと。自分の中の秘めたなにかが出てくるというか、そういった意味で、ネーミングにぴったりでした。いざ、デザインしてもらうと、僕が思っているのとはいい意味で違っていて、ニュアンス、繊細さが出てきた。それが見えたときはうれしかったですね。

──フォントも、シンプルで、色も、しっとりした感じで美しい。こだわったポイントを教えてください。

井田 みずみずしさ、文房具らしいミニマル感、生活の中で邪魔にならないデザインですね。朝も昼も夜も机にあって、いい気持ちがする。大人の方が日常生活で持っていても嫌にならない感じ。フェミニンさとはちょっと違うのですが、ほんの少しだけ女性的なニュアンスを入れて、感情の揺らぎみたいなものも意識しました。

大野 素材感も大事で。中に入っている鉛筆も日本製ですが、ぽんっと蓋を開けると、木のいい香りがする。そういう嗅覚の部分で人知れず入ってくる感覚なども、伝わるモノづくりの表現材料になります。カバンに筒を入れておき、カフェやバーでドリンクを飲みながら絵を描くとか。そんな余裕を楽しむツールになれば。

香りに思いを乗せるのもいい。こだわりのレターセット

──同時期に制作された、「羽音(はね)」についても教えてください。

大野 「レターセット」という王道中の王道のアイテムを、今の僕たちなりに表現するとしたら……。大切な人を想う気持ちと思う時間は、かけがえないし、一言伝えればすごく救われる人もいる。それによって、自分も救われる部分がある。それを大事にするようなツールをレターセットというもので表現したかった。

──レターフレグランスという発想もユニークですね。

大野 イギリスの紳士が金曜日に女性に花束を買っていく。古き良き習慣というか、ちょっとした粋な計らい。羽音はそういう感覚がいいんじゃないかなと。

井田 調べると、日本にも「文香」というのがあって、言葉以上に、SNS以上に、伝えられることがあると思い提案しました。そのとき、その人に送りたい香り。香りと記憶は密接なので。

大野 文香って、もともと男性が女性にアプローチするためのものでしたが、今は存在を届けるというか、ひとつ気持ちを追加するという意味合いですね。転写シールもつけていますが、自分で作って楽しむという体験の部分も兼ねています。

──「羽音」のこだわったポイントも教えてください。

井田 まず、サイズ感です。便箋も封筒もオリジナルで設計しました。通常売っているものだと、ちょっと気持ちを伝えるには仰々しい。「今度遊ぼうね」くらいでも変じゃない、葉書が少し大きくなったサイズ感にしました。

あと、スペシャルで色の封筒もつけました。白い封筒は普通に使いやすいのですが、色を見て、あの人に贈りたいと思ってもらえたら。私はVIPカラーと呼んでいます。3色あり、特に、青の封筒は紙地を拾うのでムラ感が出ていますが、その辺りもディティールというか、素材感が見える方が一枚一枚表情が違っていておもしろい。

──「羽音」と書いて「はね」と読ませる。ネーミングにはどんな想いが込められていますか?

大野 大事な人に気持ちを届けるとか、自然な気持ちを届けるような、ちょっとした気遣いを大事にしたくて。ほかにも、「ひと言」とか「たんぽぽ」などが候補でした。言葉が柔らかに飛んでいく時間軸を表現したかった。その中で、羽音、羽虫、みたいなものを井田さんにお話したら、羽音っていう漢字を「はね」って読んでもおもしろいという意見をいただいて、この名前が生まれました。

井田 この世界観を作るには、イラストレーターの田渕正敏さんと超こうくん(スーパーこうくん)の2名の存在も欠かせません。それぞれ、メッセージカードと転写シールに協力してもらっています。羽音の世界観を表現するには、みずみずしさや生命感、生きているもの、自然とか、そういう風合いを表現したかった。なので、手書きのイラストがどうしても欲しくて。より気持ちとか命みたいなものに近い部分。きっと大野さんの世界って、そういうところがあるかなと思いました。

──6月といえば、まさにコロナ禍でした。影響した部分もありますか?

大野 そうですね。なにかしら答えを出したかったというか、今が考えるとき。こういう時期に何か生み出さなければ自分達の考えは変わらないという感じはありました。

井田 コロナのことは、打ち合わせでも結構意識していましたよね。無視できない、当たり前の日常が当たり前じゃなくなった。ちょっとした気持ちが届けられない、会えない、SNSだけになってしまう。そういう世の流れがあって生まれた部分もある。やりとりも全て東京と沖縄でやりました(井田さんは沖縄在住)。そういうネットワークでやり取りできるのは今っぽい感じだと思います。

羽音のスタッフクレジット

●Designer:井田明子

●Illustrator(メッセージカードイラスト):田渕正敏

●Illustrator(転写シールイラスト):超こうくん

●製造協力:北星鉛筆株式会社、有限会社山添、株式会社三光紙器工業所、ハート株式会社、清水産業株式会社、大同紙販売株式会社、WEST VILLAGE TOKYO (順不同)

画像提供:リングリンクファクトリー

花を飾るような気持ちで。真鍮の美しいペン立ても

カレンダー&コースター

──ほかのアイテムも、大野さんが発案したのでしょうか?

大野 そうですね。アイテムを作るにあたって、企画を僕の方で考え、作りたいものに合致するアートディレクターさんにお声がけさせていただくという流れです。最初のカレンダーは、いつもお世話になっているADの方と、シンプルかつちょっとエッジーな表現を目指し作り上げました。今回紹介しているアイテムは、女性的なニュアンスが欲しかったので井田さんにお願いしてます。もちろんブランドカラーはあるので、そこは理解していただいて、あまり流れ的に違和感がないところでまとめ上げていただくという感じです。

PEN VASE

──紙のプロダクトではない真鍮のペン立てもありますね。

大野 ずっと紙に携わってきたので紙の表現を大事にしたいのですが、多様化する中でアウトプットを従来の受け口だけで考えていたら追いつかない。間口を広げて、立体物から平面に戻す、平面から立体に戻すみたいな、紙にまつわるいろんなものを作った中で、あらためて紙に落とし込んでいく。そのひとつが「PEN VASE(ペンベース)」です。

「ペンベース」というネーミングは、そのまま「ペンの花瓶」という意味合い。ペン立てに色鉛筆の花が咲く感じで沿うように立てられる。ペン立てって筒状でざっくりさせれば機能的にいちばんいいと思いますが、これは「クレマチス」を立てたときに鉛筆のお尻の帯色が少しでてくる深さにしたかった。受け皿がそんなに深くないから雑に刺すと鉛筆がはみ出ちゃいますが、その手間は、これを作るにあたっては二の次。ちょうどいい手間感というか、若干気を遣って差すくらいの繊細さがあってもいいかなと。

世の中に必要なものを考えたときに、答えが浮かび

メモ&カレンダー、デスクトップカレンダー

──今後の展開について教えてください。

大野 紙媒体が少なくなっていますが、別に紙自体が悪いわけじゃない。僕は紙に携わってきたし、それしかできないところもあって。それでずっと食べていきたいので、紙の新しいコンテンツみたいなものを見出していきたい。そういうことを考えると、どこが「正解なんだろう」と。それを、思う、考える、時間が、この製品を作っている時間だった。これからも、いろんなものを学んで、意味を考えて作っていく。製作する側が「こういうものを作っていくことが持続化に繋がる」ものをもっと出していくべきかなと思います。

──今、盛んに言われているSDGs的な話ですね。

大野 ええ。僕らなりに、今、世に出ていっていいもの、そこに材料を消費する意味というのを考えました。なにが世の中に必要なものなんだろうと思ったときに、「感性の循環を生み出し日常を豊かに。」というが、ひとつの答えだった。

売り方でも新しい試みとして、2022年のカレンダーはECサイトで予約限定販売にしてみました。生産する側のコスト的な部分もありますが、無駄なものは作らない、必要以上に物は出さないという考えです。

井田 私もフリーランスなので仕事を選んでいます。正直、紙のプロダクトはやらないようにしていて、大野さんのお仕事だけ。私も紙出身なので、私なりに環境問題のこととかを真面目に考えて、自分でできることをと考えている。紙に代替するものがあればその方がいいと思っています。だから今回はちょっと葛藤もありつつ、私がこれを作っていい理由というのを探しながらやっていました。

大野 作っている最中、井田さんからポリシーみたいなお話をいただいて。モノづくりに対する考え方が変わってきた的な……。

井田 忘れもしない金曜の夜です(笑)。子どもも小さく、コロナ禍で大人と話す機会もなくて……。どこかで、やりとりしている大野さんには本当のことを伝えたいみたいな感じがあって、関係ない私のコラムみたいなものを送ってみたんです。これからは信頼している人と信頼できる仕事だけやってかなければ生き残っていけないと思っているので、そういうふうに生きていきますと。

大野 そうやって生きていってください(笑)。あ!次回作は、ギフトラッピング周りのアイテムを井田さんと相談しています。通常、販売するときも普通に包装してショップシールを貼っていて、一つひとつプレゼントにも最適なもの。手に取っていただく方にうちのブランドの特別感や、受け取ったときの喜びを感じていただきたいなと思っているんです。ギフトラッピングはいくつかパターンか作って選べるような感じにして、僕らなりのプロダクトの個性を出していきたいですね。

これからも人々の感性にふれるアイテムを展開していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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